オマールはフランス料理の中でも高級食材の一つです。
大きなハサミが特徴ですが、片方で獲物をつかみ、もう片方で砕くのだとか。怖い!
homardとはハンマーが語源だそう。
一番の上等は、
オマール・ブルトン homard breton、別名オマール・ブルーhomard blue
です。ブルターニュ地方のオマールであり、体の色は深いブルー。 火を入れると、さっと赤く変わります。
フランスのマルシェで買っても、1尾5〜6000円から。
(ありがたいことに日本にもやってきますが、そうそう買える金額ではありません)
三つ星レストランだと、(四半世紀前でも)一皿で軽く万円を超えてきます。
ひぃ〜!
でも私は大好きなのです。
そこで教室用によく注文するのは、カナダ産の活オマールです。
オマールの料理で有名なのは、なんといっても
オマールのアメリケンヌ風 Homard a l’americaine
オマール本体と、潰した殻を強火で炒め、トマト、白ワイン、魚のフュメ、カイエンヌにコニャックで煮込みます。
殻から取った液体はよく煮詰め、オマールの身にかけて出来上がり!
濃厚で複雑なおいしさはもう、オマール好きにはたまりません!!
どんなオマール料理を作っても、残った殻で必ずアメリケンヌソースを作って、冷凍しておきます。
なぜアメリケンヌ?
本来の名前はラルモリケンヌ à l’Armoricaineというのだそう。
Armoricaineは、ケルトの言葉で、「ブルターニュ」。
フランス人にとっては、アメリカ風よりももちろんブルターニュ風のほうがいいわけですが、
プロヴァンス出身の料理人ピエール・フレスが初期の頃はプロヴァンス風として作っていた料理なのだそうです。シカゴで働いた後に、パリでレストランを開き、新世界の産物であるトマトやカイエンヌを使った独創的な料理に仕上がったのだとか。
美味しく作るコツは
- 殻は強火で炒めること。弱火だと生臭みがでてきます。
- 甲殻類の調理に使うのはいつもコニャック。アルコールが蒸発することで一気に生臭みを飛ばし、よい香りが残ります。
- 濃厚な旨味が出てくるので、カイエンヌペッパーで締めることが必須。
ところでビスクbisque(甲殻類のスープ)もそうですが、大前提として、
生きているオマール
を使います。生きてるものからしか出しえない風味があると言われます。
(さすがにいまだにちょっと怖いので、軽く蒸してからとりかかることもありますが・・)
実際、冷凍のオマールでもやってみたことがありますが、悪くはないのです。でも
「たしかになあ。『生きてるので!』って教わったけど、なるほどなあ」
と思うくらいに味は違います。
テルミドール
いつだったかオマール・テルミドールhomard thermidorを作りました。
むかし日本の結婚式でよく見かけた、豪華な海老料理です。
(今はどうなんだろ!?)
テルミドールとは革命時の共和暦で「熱月」、つまり7月19日から8月17日をさすのだそう。
1894年パリのレストラン「メール」で、コメディ・フランセーズのこけら落とし公演の劇「テルミドール」にちなんで命名されたのだそうです。
はじめて学校で習った日、私はかなり感動しました。
「わぁぁ、結婚式、結婚式!」
日本の結婚式でよくお目にかかる、あの海老料理だと分かった瞬間に思ったのは、
「これってフランス料理だったのか!」
でした。
コライユって?
まず半分にすぱっと切ります。
背中の辺りに「コライユcarail」があるのが見えます。濃い緑色の部分(写真は右半分のほうが分かりやすい)。
コライユとは英語でいうところのコーラル、つまり「珊瑚」という意味です。
緑色なのに、コーラルって?
その理由は火を入れるとよく分かります。ぱっときれいな珊瑚色に発色するからです(右の方が分かりやすい)。
コライユはソースの色味にも旨味にもとろみにも重要で、料理をするときには大切に扱う部分なのです。
さて半割にして取り出した身を、またもとの殻に戻し、上にはマスタードを加えたクリームソースをかけます。はさみの身も取り出し、頭に詰め直します。
チーズを散らし、オーヴンで焦げ目をつけたら出来上がり!
じゅわっとジューシーにオマールの旨味がいっぱいのテルミドールができました。
若干ぱさついた料理のようなイメージを持っていましたが、まったくそんなことはありません。オマールのおいしさを口いっぱいに堪能できる、幸せな味です。
作ってみて、日本の結婚式で頻繁に使われる理由がよくよく分かりました。分析してみると・・・
- 日本では海老はとてもおめでたい食材(腰が曲がるまで長寿にいられるように)
- 赤くて大きくて、ぱっと豪華で贅沢な印象を与えることができる
- 仕込みができる。つまりソースをかけた状態まで仕込みをしておけば、あとはオーヴンで焼くだけ。たくさんの出席者の分を賄うには、仕込みができる料理であることは、宴会料理にとって必須条件です。
- かつ、じつは仕込みが結構早くて簡単。
なるほど、でした。
ただしけっこう値の張る食材であることは間違いなく(たとえ冷凍でも)、
でもこれは「豪華な印象」に直結する事柄なので、致し方なし、です。
そして後から気がつきました。この料理を私はフランスで見たことはなく、料理大辞典の「ラルースlarousse gastronomique」にももう言及はありません。つまりすでに今を生きる料理ではないということなのでしょう。私が習ったのは学校の正規の講座の中ではなく、在仏の日本人向けの特別講座の中でのことでした。
しかしこんな形であっても、残っていてくれてよかった、教わることができてよかったと思います。
雌雄の見分け方
さてコライユの話しがでたところで、雌雄の見分け方をご紹介します。
なぜ見分けたいのか?
それはもちろん料理にコライユがほしいから。
さらに、メス、とくに卵を抱く前の雌がおいしいという料理人もいるのです。
(ただしどっちがおいしいかは、両論あり)
オスは尾がしゅっとした感じ。たいするメスは卵を抱く都合上、少し腰がはったようなカーブです。
たしかに並べてみると一目瞭然です。
両端がメス、間がオス
裏返すと確定できます。
左のオスは胸部と尾の付根に、パドルと呼ばれる固く尖った部分があります(ちょっと分かりにくい)。
最近はもうぱっと見たら、裏返してみるまでもなく、どっちなのか分かります。
と、豪語しています。けれどたまに、
「これ、雌ですよ」
と言って料理を始めたのに、コライユが出てこず・・・、
アレレ!?
ということも。季節によっては雌でもコライユが見当たらないこともあるようです(業者さんに聞きました)。
オマール料理のポイント
料理をするときの重要ポイント
オマールのハサミにはものすごい力があります。
かつて教室で、うっかりとゴムのバンドを切ってしまった方があり、「ぎゃー!」という叫び声に飛んでいくと、手を挟まれている生徒さんが! 私はオマールのハサミを必死に両手で開かせようとするのに、オマールは閉じようとして、どうしても開いてくれません。とにかく現状維持が精一杯なのです。
どうしよう!?
パニック寸前のところで、冷静な別の生徒さんが、本物のハサミを持って登場。
バッチーン!とハサミの根元を切断してくれて、事なきを得ました。本当に焦りました。結局生徒さんにお怪我はなく、ほっとしたことがありました。
オマールが生きている間は、ゴムバンドはけして外してはいけないのです。
40歳のオマール
ちなみにオマールはなかなか長命のようです。
食品の展示会で、オマール海老屋さんに、巨大オマールを発見。食い入るように見つめていると
「これ40歳なんです!」
えぇー40歳!
「100歳のもいるんですよ」
ひゃ、百って! やるなあ、オマール。
しかしこの40年もののオマール、展示会の後は食べるのでしょうか。いつも教室で注文しているものは450g程度のオマールですが、それよりも美味しいのか、固いのか、大味なのか、そうでもないのか。
知りたい!