アンジェリカangeliqueとは、フルーツケーキに使われる緑色のフキのような素材ですが、じつはフキではないのです。
「アンジェリカ」って?
日本には本当のアンジェリカがないってご存知でしたか?
アンジェリカといえば、ふきの砂糖煮。
きれいすぎる緑色で、甘いだけで、何の味もしない・・・。フルーツケーキの色味のためにだけ存在するおいしくもなんともない存在。子供の頃からずっとそう思っていました。だからお菓子を作り続け、それが職業となっても、いっこうに興味は持てませんでした。つきつめれば、それはおいしくないから!
しかし、本当のアンジェリカがないってことは、日本のは「うそもの!」ということに。
アンジェリカというのは調べてみるとセリ科の芳香植物であり、フキはキク科でまったくの別物。
辞書には「強い芳香がある」と書かれていて、驚くことにその根は漢方でいう当帰のことなのだとか。
どうしても、本物を見たい! そう思い始めるといてもたてもたまりません。ニオールに行きたいと言うと
「なんでそんなところに?」
「ニオール? ニオールに何かあるのか?」
とフランス人。
とうとうアンジェリカで有名なフランス・ポワトー地方ニオールの街に行ってみたのは2010年のことでした。
(そういえば西原金蔵シェフがお店の上階のベランダで、ほんもののアンジェリカの苗を育てていらっしゃるのを見せていただいたことが、興味のスタート地点だったのかもしれません)
ニオールの町で
パリからTGVで南に3時間ほど。ニオールの町に到着。
さっそくお菓子屋さんをのぞき込んでみると・・・、アンジェリカ製品が次から次へと目に飛び込んできます。
まずはマジパンにアンジェリカのコンフィを散らしたセンターに、チョコレートをかけたボンボン。マカロンにギモーヴ、アンジェリカのクリームをはさんだサブレ、そしてヴェリンヌ(グラスデザート)まで! たぶんもっとも味が分かりやすいであろうヴェリンヌをおそるおそる食べてみると・・。
ふーん、これがアンジェリカの味かぁ、へええ。かすかな心地よい苦み。万人にわかりやすい芳香ではないけれど、たしかに漢方に通じるような芳香があるのです。リキュールにも爽快な苦みがあり、ちょっと薬草酒のよう。
あめ、キャラメル、ガレット、ジャム、リキュール、クリーム、パート・ド・フリュイなどなど。そしてもちろん自家製のアンジェリカそのものも。
こんなに製品があるなんて、ニオールの人たちはよっぽどアンジェリカを愛しているに違いありません。
アンジェリカの効能
お店でもらったパンフレットにはポワトーヴァンの沼地(marais Poitevin)近くに生えているものこそが正統とあり、成長には冷涼で湿気が必要、水流の近くに自生するとあります。成長すると1~2m、茎は中空で堅牢。たしかに葉っぱはセリっぽいよう。花はまるでヤツデ(ウコギ科)みたい。
昔から糖菓、香料だけでなく、医薬にも使われていたらしく、消化不良、胃炎や腸炎、不眠、リューマチ、潰瘍にまで。消毒、強壮、鎮痛、解毒などなどに。1430年のペストからニオール人を救ったとまで書かれているパンフレットもあり、そもそもアンジェリック(angelique天使の)なんて素敵な名前は、昔「蛇の毒を解毒できる」と信じられていたからなのだそうです。
素材として
さて、本題。パリに戻れば、材料屋さんやデパートでアンジェリカは普通に手に入りますが、フルーツケーキ以外でやはりあまり使われているのを見たことがありません。甘草(reglisse)やトンカ豆などというものがお菓子の風味として流行っているのですから、そのうちアンジェリカも流行ってもよさそうなものなのに。そうすればニオールの人たちは大喜び!です。
さて本物のアンジェリカのコンフィの味は?
「これって・・・、フキ!?」
製品とは違い、アンジェリカそのものの味は、まごうことなき「フキ」のもの。もちろんもっとはっきり強い芳香だけれど、でも食感といい、風味といいフキなのです。
本当に想定外ですがが、結局のところ何千キロも旅して私が行き着いた結論は・・・
フキをアンジェリカの代用に思いついた最初の日本人はとても偉かった!
フルーツケーキ cake aux fruitsを焼こう!
さて、24年はお菓子の認定講座をスタートしたので、フルーツケーキを焼くために、アンジェリカを買ってきました。
ほかには、フルーツのコンフィやドレンチェリー、オレンジピールも。パリに行かないと買えないので、フルーツケーキを作るのは、本当に久し振りのこと。とてもうれしいことでした。せっかくフルーツケーキを焼くなら、こうしたいと思うと、そうそう頻繁には焼けず、私には特別なお菓子です。
1週間程前からレーズンとプルーンをラムに浸けて、当日は麗しいフリュイ・コンフィを愛でてから、カット。
たくさんのフルーツを入れて、ケーキに焼きました。
ところどころにアンジェリカが香り、なんとも楽しい時間でした(24年5月)。